恋愛を始めるために告白する日本の告白文化の貞操観念の名残り

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告白文化日本。

いったい、なぜ日本では、いまだに「告白が当たり前」なのか。背後には、おそらく「貞操観念」の名残りがある。

欧米各国の多くは、恋愛の進行過程で、最初の性交渉を「相手を知る方法」ととらえている。

異性の友人を、あるいは街で見かけて「ちょっといいな」と思ったら、アイコンタクトやボディランゲージによる駆け引きでキスやセックスに持ち込む。そこで互いに相性チェックやコミュニケーションを深め、徐々に「この人」と思う相手に絞り込み、やがて同棲や事実婚に至る、という流れ。

考えてみれば、日本の平安時代と似ている。彼らにとっての初セックスは、「恋愛を始める一手段」であろう。

古来から続く貞操観念

ところが日本には、長年「婚前交渉は、あまり好ましくない」「結婚前にセックスするなら、男性はその女性の将来にまで責任を持つ(結婚)べきだ」といった貞操観念が色濃く残っていた。

正確に言えば、平安時代や江戸時代の庶民の間では決してそうではなかったが、鎌倉時代や明治時代以降、いろんな大人の事情でそう定義されてきた。

性と結婚が分離されたのは、既述のとおり、歴史的にはつい最近、80年代以降のことだ。ある調査を見ると、2013年段階で「婚前交渉は『不可』」とする男女は、戦前生まれを含めても2割、現 20 代では1割しかいない。

ところが「不可」の回答が半数を切ったのは、83年(47%)のことだ。それ以前の73年、 78年の調査では「不可」がそれぞれ、58%、50%とまだ5割を超えていた(13 年/NHK放送文化研究所)。

つまり1970年ぐらいまで、ほんの40数年前の日本では、結婚を前提としない性交渉は一種のタブー。 それが 80 年代に入り、ようやく「婚前交渉は必ずしも悪くない」との考えが広がりを見せたが、今度は「僕(私)は真剣です」「あなたを決して裏切りません」と宣言する必要性が生じた。

「告白」という名の契約

おもに女性が男性に踏ませる、恋愛の「踏み絵」 とも言えよう。

中大教授の山田氏はその理由を、91年発表の論文『現代大学生の恋愛意識』において分析している。要約するとこうだ。80年代に入り、「恋愛したら結婚しなければいけない」という規範は、影響力を失った。

一方で、男女の交際機会が増え、結婚や性交渉が必ずしも恋愛とイコールで結ばれなくなると、今度は誰を「恋人」とするかについての区別が必要になった。そこで、告白を含む何らかの形で、お互いに「意思表示」して確認する重要性が増した……。

恋愛至上主義でナンでもアリに見えた80年代でさえ、基本的には告白というステージを経て本気度を見せなければ、婚前のセックスというアイテムはゲットできなかった。

とくに女性は「オンリーワン」を宣言してもらわない限り、意図せぬ妊娠のリスクが回避できない。厳密に言えば男性も、告白ステージでオンリーワンが確認できていなければ、女性に「できちゃった」と言われたとき「本当に俺の子なのか」と疑念が湧く。

いまほどDNA鑑定も発達していなかったから、なおさらだろう。

「告白」と「セフレ」に秘められた真の意味

かたや現 20 代はと言えば、先のとおり女性の7人に1人に、恋愛感情を伴わない「セフレ」がいる。

また男女とも4割が「恋愛感情が伴わない異性」とも、セックスを体験ずみ。それなのに、今回の取材で女性たちは軒並み、こんな言葉を口にした。

「告白ナシでいきなり(セックス)しようとか、セフレ以外じゃ考えられない」「もしデキちゃって(妊娠して)責任とってもらえないとか、ありえないし」 いわく、対セフレなら、排卵日前後のセックスを避けたりコンドームを付けたり、と毎回避妊して、是が非でも妊娠しないように気遣う。

でも本気の男性とは、「あわよくば」と、でき婚狙いもゼロではない。逆にそれぐらいしなければ、男性たちはプロポーズしてくれないからだ。だからこそ、初めての性交渉の前に「いざとなったら、責任とるよ」の意味で、キチンと告白してほしい。

本気の恋愛だと証明できる告白という名の踏み絵を踏んでもらいたい

セックスは多少欧米化しても、恋愛概念は「日本流」 だ。対する男性も、基本的には似た考え方。「告白しないで(セックスを)やらせてくれって、それはあまりに無責任っしょ」 「本当に大事にしたい子とは、エッチ(セックス)しなくても平気。もしするにしても、ちゃんと段取り(告白→交際→キス……)は踏みますよ」

彼らもまた、「告白しない=無責任」だと感じている。根底には、おそらく70年代までの「性交渉を持つなら、女性の将来に責任を持つべき」という貞操観念があるのだろう。

ただ反面、恋愛感情を伴わない「セフレ」とは、なぜ気軽にセックスできるのか。現 20 代男女の「恋愛」に対する考え方は、明治・大正時代に似ている。

現20代男女は、物心ついた頃から思春期にかけて、「純愛ブーム」の最盛期を体感した。たとえば、青春小説の『世界の中心で、愛をさけぶ』や『いま、会いにゆきます』、ケータイ小説の『恋空』『赤い糸』、2ちゃんねるの書き込みを元にした『電車男』など。

そのせいか、リアルの恋愛は「面倒」「どっちでもいい」と冷めた姿勢で見ながら、恋愛や純愛の概念そのものには「いいですよね」「もちろん憧れますよ」と洩らす声も目立った。

そして、ふた言目には決まってこう言うのだ。「現実には(純愛なんて)無理に決まってる」。 運命の出会いや、性交渉を求めない献身的な愛情(純愛)については、バカにするどころか憧れの目を向けている若者たち。

運命の相手との、清い恋愛を夢みる気持ちもある。でも現実には、純愛なんてあり得ない。もし魂の赴くまま、恋愛感情だけで突っ走れば、DVやストーカーも含めた大いなる恋愛リスクを覚悟しなければならない。

だったら純愛は、バーチャルの世界に留めておこう……。 その発想が、大恋愛をベースにした大正ロマンに憧れながら、「でも私には無理だけど」と斜に見ていた、大正時代と妙に重なる。 彼らにとって、 肉欲中心の性交渉は、基本的に不純なもの。

もし本気の相手にセックスを迫りたいなら、キチンと「告白」という踏み絵を踏むべきだ。でも、告白自体もさまざまなリスクを内包しているから、考えてみれば面倒くさい。

だったら、 日常的な性的欲求は「セルフ」や「別腹(セフレ)」でサラリとすませてしまおう……。それが日本の若者にとっての、「告白とセフレ」の真の意味合いだと思うのだ。

恋愛と結婚は別、ドライに割り切る中国の若者

「実は日本以外にも、『告白』の文化を持つ国 がある」と、中大教授の山田氏。

その代表が、 中国と韓国。やはりアジアの国々だ。

まずは中国。かつて「男女七歳にして席を同じうせず」(『礼記』より)、つまり7歳にもなれば男女の別を明らかにし、みだりに交際してはならない、との教えさえあった同国には、いまだに「早恋」という言葉が残る。

「18 歳未満(おもに中高生)の恋愛」を指す言葉で、有識者の間ではこれを「学業成績の低下だけでなく、生活の乱れや家出などの非行につながる」と考える風潮も根強い。 09年、黒竜江省は早恋に対し、条例まで公布して「父母や監督責任者が批判、教育、制止、矯正を行なわなければならない」と保護者の監督責任をうたった。

また、中国ニュース配信サイトによると、同じく09年、南京市のある高校では全校の女子生徒を集め、「男子との距離を44センチ以上に保つように」と指導したという( 09 年9月7日掲載/『レコードチャイナ』)。

国土が広く格差も大きい中国。反面、近年、都市部では、卒業シーズン(6月)になると「卒分族」という言葉も飛び交う。文字どおり、卒業を機に「別れる(分かれる)(=卒分)」カップルの意味だ。

山田氏によると、中国の都市部では約2割の若者が大学に進学、その段階でほとんどが寮に入るため、親から離れて恋愛気運が高まる。

高校時代、「異性との距離を 44 センチに保て」などと言われていた男女なら、なおさら解放感が強いだろう。

ただ、大学時代に男女付き合いしても、その恋人と結婚に至るケースはさほど多くない。ごく普通に「恋愛と結婚は別」と考える若者も目立つという。ある日本法人(大企業)に勤務する中国人女性たちは、一様にこう言った。 「上海や北京は物価や家賃が高いから、稼げる男性とじゃないと結婚はムリ」。

山田氏も、「中国社会では、学歴や階層がいまだに大きくものを言う。恋愛はともかく、結婚となると、親が『この人と結婚しなさい』と相手を紹介するケースも少なくない」と言う。

恋愛と結婚は別、だから卒業と同時に恋愛に別れを告げる

それが「卒分族」 なのだ。別れる理由について、北京大学社会科学部教授の夏氏も、人民網日本語版紙上で「(本人たちの問題以外にも)片方の経済状況が思わしくない、家族から反対される、など現実的プレッシャーを受けるため」と分析している( 13 年6月 28 日付)。

ひとりっ子政策もあって、親が日本以上にわが子の結婚を重要視するせいもあるだろう。 また、アジアのニュースサイト『サーチナ』によると、中国の貿易都市・広州の女子大生は、大多数が「恋愛と結婚は別」と考えているという。

彼女たち約1000人に対する調査でも、「いまの彼氏と(経済力抜きで)結婚する自信はない」が半数を超える一方、「お金持ちの親を持つ男性と結婚したい」が6割にも達した( 10 年4月 14 日掲載)。

恋愛と結婚は別、ならば恋愛しないかといえば、むしろ日本より積極的なようだ。中国人男女(20~30代)に聞いた調査の結果を見てみよう。

まず、異性との出会いの場の5割以上は、学校や友人の紹介。合コンをあげた男女は0%で、いわゆる合コン文化がメジャーでない様子がうかがえる。それでも、「異性との付き合いに積極的」は、7割以上。肝心の「告白」も、日本と似たニュアンスで存在。恋愛で告白するのは当たり前で、「告白は男性から」も6割以上を占める。

なぜ韓国で非婚者や「したたかな女性」が増えたのか

他方、韓国では「結婚すべきだ」と考える若者が年々、減少傾向だ。14 年、同統計庁が約3万7000人の男女に行なった大規模調査によると、「結婚はすべきだ」と思う人が全体の57%に留まり、 08 年の 68%を1割以上下回った。

とくに女性ほどその落ち込みは顕著で、「結婚はすべきだ」と答えた未婚女性は 39%と、4割にも届かなかった。

05年以降のヒットドラマ『私の名前はキム・サムスン』や『ロマンスが必要(PART1~3)』『タルジャの春』などには、いずれもバリキャリの30代女性が「負け犬女」のニュアンスで登場。

「早く結婚しないとヤバイ」と悩むシーンが多々出てはくるが、同時に「つまらない男と無理に結婚するぐらいなら、仕事に精を出したほうがいい」との割り切りも描かれる。

未婚女性からすれば、必ずしも結婚したくないわけではない、でも現実にはふさわしい相手がいないし、結婚後の嫁姑問題も(日本以上に)大変そう。「だったら、未婚という選択肢もありかな」との境地ではないか。

というのも、韓国は日本以上に若者の就職が非常に厳しい。学歴信仰が強く8割以上が大学に進学するが、就職先は限られている。現地の教育機関の調査によると、14年の大卒者の就職率は、なんと56%。

IMF危機直後(98年)の58%をさらに下回った。ちなみに日本の大卒者の就職率は、15 年春卒業時点で97%。選り好みさえしなければ、どこかには就職できる。

この点だけ見れば、「韓国の若者よりはマシ」と言えるだろう(15 年/厚生労働省・文部科学省)。 そのうえ韓国には、徴兵制度がある。29 歳(数えで 30 歳)の誕生日を迎えるまでに、肉体的にも精神的にもきついとされる2年間の兵役に就かねばならない。

4割以上の若者が「就職難民」になる。就職後の転職競争も、また然り。そのうえせっかく交際を始めても、2年間は兵役で恋人と離れ離れ。女性としては、恋愛中から厳しい現実を目の当たりにするわけだ。

韓国はもともと儒教の国だ

さらに、近世に入って急速に広まったキリスト教の影響も相まって、貞操観念が日本より強い。

交際中のセックスへのハードルも、日本以上に高い。先進的な若者の間では、すでに西洋型の自由恋愛が普及している感もあるが、それでも地方の貧困・中間層や、都市部の一般家庭、あるいは財閥系など超エリートの家庭では、いまだに「告白」の儀式が重視されるようだ。

同じく儒教の流れで、家長の意向や家族とのつながりを重んじるから、欧米のように気軽に、男女が入籍せず同棲してセックスして、ともなりにくい。あくまでも家族の同意が重要だ。

その意味でも、何らかの「けじめ」が必要とされるのだろう。未婚女性たちは、端から恋愛や結婚を拒否しているわけではないはず。だが、厳しい経済状況や「家族の目」もあるなか、悪条件の男性と無理に結婚したり、けじめのない男性とダラダラ同棲するわけにもいかない……。

そんななか、

「昨今、韓国女性が二極化している」と山田氏。いまだに 理想的な恋愛結婚を夢みる女性がいる一方で、すでに「結婚を決めるポイントは、恋愛よりお金」「恋愛と結婚は別」と割り切りを見せる女性も目立っている、というのだ。

その傾向は、データでも明らかだ。たとえば地元の結婚情報会社の調査(12年)では、結婚を意識する男性(恋人)に対し、「経済力を最優先でチェックする」とした未婚女性が、なんと3人に1人もいる。

また、先の統計庁の調査でも、女性の65%が「条件がよければ愛することができる」と回答。交際相手や配偶者の条件についても、男性は約9割が「自分と似たような条件の人」と答えたのに対し、女性の約5割は「自分よりいい条件の人」と、条件重視の姿勢を見せつけた。

さらに驚くべき事実もある。なんと韓国の20~30 代未婚女性のうち63%が、「婚前契約書が必要」だと答えたそうなのだ。

最も多かったのは「互いの人格を尊重するため」だが、次いで多いのが「平等な財産分与のため」や「養育費のため」。結婚どころか恋愛中に、すでに「離婚後」のことを考える、したたかな女性像が目に浮かぶ(15年1月22日掲載/『日刊サイゾー』)。

日本以上に、いまなお「男は妻子を養うもの」「女性は貞操を守るもの」といった概念も残る、中国や韓国。だからこそ、「婚前に性交渉を持つなら、キチンと誠意を示して契約すべき」「男から告白すべき」と考えやすいのだろう。

一方、両国で「恋愛と結婚は別」とはっきり区別して考える女性も目立ってきたのは、厳しい格差や経済状況、家や家族とのつながりやしがらみと、無縁ではないはずだ。

欧米流とアジア流の狭間で揺れる日本の若者

では彼らと比べて、日本の若者はどうか。 まずキスやセックスの面では、すでにキスするだけの友達(キスフレ)やセフレがいるなど、かなり「欧米流」に近付いている。

そろそろ告白抜きで、セックスを「初期に相手を知る一手段」と位置づけるなど、西洋型の恋愛にシフトしてもよいと思うのだが、そこはまだ、貞操観念が強く残る韓国や中国に似て、「セックスするなら、まず本気度を示すべき」「男が告白すべき」との「アジア流」が根強い。 韓国や中国に多い、「恋愛と結婚は別」の概念はどうか。

日本の若者はそこまで割り切れてはいない

韓国女性のように「いざとなったら結婚しなくてもいい」とならず、いまだ9割の男女が「いつかは結婚したい」と答えているのは、周知のとおり。

また、「結婚に恋愛は必要か?」についても、今回の調査で「必要ない」と言い切った独身男女は、たった3%のみ。スッパリ割り切る男女は、まだ少数派だ。

結婚は生活、ある程度の経済力が必要と分かっているはずだが、韓国や中国のようにドライで、かつ「ノンアル」ならぬ「ノンラブ(恋愛ナシ)」の結婚は考えにくい。

体では、欧米流の情緒的な感情や、自由恋愛、自由なセックスを求める、日本の若者たち。でも心では、「付き合いたいなら告白すべき」「セックスは、オンリーワン宣言をしてから」など、アジア流の契約を必要とする。

性的嫌悪や純愛ブームの影響もあるだろうが、確実に言えるのは、いま日本の若者が「どちら」とも決めきれず、迷走中だということ。彼らは、「告白抜きで、本気の恋愛やセックスはあり得ない」としながら、「告白は敷居が高い」と言う。

「いつかは恋愛結婚したい」と答えながら、「でも恋愛は面倒」 とも言う。矛盾に満ちているのだ。

では、どうしたら、この矛盾を解決することができるのか。 最善の策、それは、恋愛と結婚をいったん切り離して考えることではないだろうか。 元来、恋愛と結婚は、相容れない。男女平等、共働きが前提の現代ではなおさらだ。

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