仲直りは隔離された状態に仕向けて二人の距離を縮める

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仲直りするカップル。

恋人とケンカをして、それっきり、ひと月も連絡がない。どうしたのかな?なんとか仲直りしたいけれども……と悩む。

この場合の第三者のアドバイスは、だいたい次のようなものでしょう。「いつまでもこんな状態じゃラチが明かない。直接、会って、言いたいことを言ってスッキリするのが仲直りのコツよ」

もっともらしいアドバイスですが、元の 鞘 に収まりたいのであれば、相手に直接、会うのも一考を要します。

電話、会う?仲直りはどっちがいい?

「電話で話す」場合と「会って話す」場合の、コミュニケーションの違いを比較した研究があります。両者には、それぞれの特性がありますが、どのような状況で、いちばん効果的なのでしょうか。

電話の場合は、相手の顔が見えません。直接、会えば、相手の表情を間近に見ることができます。

電話は、事務的な用件を互いに確認するケースでは非常に有効です。電話で話すと、情報や話の内容が正確に伝わります。

ですから、込み入った話を整理したり、 曖昧 な話にケリをつけるときなどには効果的です。余分な情報が伝わらないので、相手が情報収集だけに集中できるのです。こちらの言い分が、きちんと伝わります。

一方、会って話す場合は、話の内容のほかに余分な情報も相手に伝わります。〝余分な情報〟とは、顔の表情や手足の動作です。会うことによって、相手は言葉以外のさまざまな情報を否応なく取り入れてしまうので、その分だけ、本当に伝えたい情報がストレートには伝わりにくい面があります。

余分な情報を手掛かりに、話の内容を曲解してしまうケースも多いでしょう。ですから、逆にいえば、相手をごまかしたり、話をうやむやにしたかったりする場合は、直接、会ったほうが効果は高いのです。

大まかな分類ですが、 論理的な話は電話で、情緒的な話は直接会うのが効果的 といえます。  このような違いが把握できていれば、あとは状況に応じて、それぞれの方法を用いればいいだけです。

さて、たとえばケンカの後始末には、どちらの方法がいいのでしょうか。お互いに妥協点を見つけ、 元の鞘に収まりたいのであれば電話のほうが有効です。

お互いの言い分が正確に伝わります。理解も早く、すぐに相互信頼が成立します。

顔を合わせてしまっては、互いに余計な情報を受け取りますから、まとまる話も壊れる可能性があります。

自分の言い分は理解されず、相手の言い分を誤解する。その結果、言葉尻を捉えてなじったり、本題を忘れて些細なことにこだわり、感情的に対立してしまう場合もあります。

「私が悪いって言いたいの?」 「そんなこと言ってないよ」 「でも、そんな目をしてたわ、わかるのよ」顔を合わせているからこそ、こんなやりとりになってしまい、話は思わぬ方向に展開してしまいます。

電話であれば、相手の目を見ることもないのに、です。 相手を目の前にして話していると、かえって相手の言い分がわかったようなわからないような、うやむやな気分しか味わえません。

仲直りしたような気分になったとしても、どこかに不信感が残り、心の底では納得していないケースも多いでしょう。

とりあえず、その場は収まっても、心の中ではあいかわらずペンディング……会って話すのには、このような危険性があるのです。

逆に、 恋愛が順調に展開しているならば、会って話したほうが有効です。

電話で恋人の美点を並べ、 「だから好きなのです」と告白したところで、その理屈っぽさは恋愛気分に水を差す場合もあります。

恋愛には〝余分な情報〟が必要なのです。直接会うことで、顔の表情や手足の動作が補助的な働きをし、言葉だけの告白よりも熱意が伝わりやすくなります。

恋愛の場面では、余分な情報の曖昧性 をうまく利用すべきなのです。電話か、直接会うべきか、それぞれの状況に応じて使い分ける配慮が必要です。これを間違えたために不本意な結末を迎えた恋愛も少なくないはずです。

隔離された状態は二人の距離を縮める

病院では患者の手を握ったり、体をさすってやる看護法があります。入院中の患者はナーバスになっていて、精神的に不安定です。そのような状態のときは他人と一緒にいたいという欲求が強いものです。

看護師さんが患者の手を握ったり、体をさすってやるのは治療の一環です。このベッドサイド・テクニックで、患者は安心して看護師さんとコミュニケーションができるのです。

看護師さんは患者と多く話すことで治療のための情報を得ることができます。そのために患者の親和欲求を満たすような行動をとるのですが、ときには患者のほうが錯覚し、退院後にその看護師さんをデートに誘うことも多いそうです。

もちろん、看護師さんがOKするかどうかは別ですが。ここで大事なことは、「入院中」というのは、患者にとっては 感覚遮断の状況 であるということです。

情報がとても制約されていて、言葉を交わす女性というのは看護師さんしかいません。

思想改造の洗脳の実験があります。まず、極端に情報が伝わらないようにします。本や雑誌が読めない、テレビやラジオが聴けない、食事制限があるなど隔離された環境にしばらく置かれると、何でもいいから読みたがり、聴きたがるようになる。

そのときに新しい思想を吹き込まれると、非常に新鮮で魅力的に感じ、すっかりその思想に染まってしまうのです。これほど極限状態ではありませんが、病院も隔離された世界です。情報が少ないため、たとえばお見舞いに来てくれた人が、患者にとってはとても新鮮で魅力的に見えるのです。

仕事の同僚やクラスメイトなど、それまで恋愛意識をもたなかった異性に対して、思わぬ魅力を感じてしまうような状況です。

また、同じ行為であっても、一般社会でおこなう場合と病院の中でおこなう場合との効果は大きく違います。

一般社会ではふつうの行為でも、病院内だと非常に効果的なことがあります。お見舞いに行ってリンゴの皮をむいたり、ベッドのまわりを整理してあげるといった、健康なときには何でもない行為が、入院中はとても魅力的に映ります。

病室の中という 制約された状況が錯覚を促すのです。

入院中という状況だからこそ、平気でできることもあります。痛い部位をさすってあげたり、枕の位置を直してあげるなどの行為は、病院の中なら自然な形でできます。

世間では、よほど親しい男女間でなければおこなわないはずの、たとえば体を拭いてあげたりマッサージしてあげたりといった行為が、病院ではそれほど不自然というわけでもありません。

入院中は、お見舞いに行くだけでも、患者の親和欲求を刺激し、錯覚を起こさせることができます。

それに、入院中は、二人の関係をオープンにするチャンスでもあります。客観的事実として、相手の周りの人に訴えることもできます。

実は、ベッドサイド効果は病院の中だけではありません。何かの失敗ですっかり落ち込んでいるとき、人は誰かに話し相手になってほしいと望むものです。

不安なとき、人は親和欲求が高まるからです。そんなとき、相手と二人きりの状況で、患者に対する看護師さんの気持ちで相手に話しかければ、親和欲求の心理効果と感覚遮断の心理効果があいまって、二人の仲は急速に近づくかもしれません。

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